松平頼則 「序」(1989)「破」(1987)

1972年から90年、足掛け19年に亘って活動した5重奏団、サウンド・スペース・アーク(小泉浩:フルート、 鈴木良昭:クラリネット、 篠崎史子:ハープ、 高橋アキ:ピアノ、 山口恭範:打楽器)の委嘱作品には、武満徹「雨の呪文」、八村義夫「ブリージング・フィールド」、近藤譲「島の様式」、松平頼暁「アークのためのコヘレンシー」など、現在でも再演される現代音楽の名品が含まれるが、松平頼則の「序」と「破」もまた、この作曲家の美質を十全に表現した現代音楽の財産の一つといえるだろう。ちょうどこれらを作曲した頃から、松平は声楽家:奈良ゆみとのコラボレーションに重きをおくようになるので、純粋に器楽のために作曲された室内楽曲としては、このあたりが作曲家の到達点といって良いものではないかと思う。

なぜ、これほどの作品が演奏されないのか。それはまず、これらが作曲されて間もなく、委嘱団体であるサウンド・スペース・アークが解散してしまったことによるのだろう。コンサートを企画する立場に立てばわかるのだが、打楽器、ハープ、これらが編成に入ることで、企画の実行は確実に難しくなる。リハーサルのたびにこれらの楽器を運ぶか、これらを常設する特殊な会場を探すかするなら、演奏会の実現に必要な手間は3倍、4倍と増えていく。ゆえに、これらの再演は、サウンド・スペース・アークのような特殊な編成の演奏団体が自主企画で行えばこそ、ということになるわけだ。

また、実際に演奏する立場からすると、松平頼則の手稿はきわめて読み辛い。端正な筆致で描かれているものの、音符のタマが小さく薄く鉛筆書きされているため、5回もコピーを繰り返したら完全に読めなくなってしまいそうだ。さらに装飾音符を多用する作風ゆえ、その読み辛さは倍化する。かといって、フィナーレ等での浄書を行えば良いかといえば、その記譜の仕方がかなり独特で、場合によってはグラフィックなものになるのが悩ましい。今月はじめ、奈良ゆみによる3枚目の松平頼則作品集(遺作:鳥(迦陵頻)の急などを収録する)がリリースされたが、この滑るように上下する声の旋律線は、全て五線譜上の曲線として記譜されているのである。

《声の幽韻》 松平頼則作品集III

《声の幽韻》 松平頼則作品集III

となると、手稿譜を読みながら演奏を行うのも至難、浄書を行うのも至難ということで、演奏に辿り着くまでにクリアしなくてはならない問題が、通常の現代作品の10倍、20倍というオーダーで浮かび上がってくることになる。

とはいえ、第二次世界大戦後の世界音楽の歴史において独自の地位をしめている松平頼則の作品である。これらを演奏しようと意気込む演奏家は、少ないものの確実に存在する。しかしながら、そんな演奏家たちの前に、総音列技法を透過した、非常識な跳躍と込み入ったリズム書法をあわせもつ、演奏至難なフレーズ群へが巨大な岩壁のように立ちふさがる。松平頼則作品の演奏とは、8000メートル級の高山へ登頂するような、限られた演奏家にしか許されない、極めて高度な技術を必要とする仕事であるのだ。

こうした事情ゆえ、松平頼則作品、それも後期の未出版作品を実演で聴くという機会は、極めて限られたものになるだろう。今月26日、在京の作曲家と演奏家による団体、アンサンブル・コンテンポラリーαが、この「序」と「破」の演奏に取り組む。実演で聴く松平頼則作品は、録音とは別次元の感興を聴くものにもたらすに違いない。上記の理由ゆえ、この機会を失えば、今後20年、「序」と「破」の実演に接することは難しかろう。貴重な機会なのでぜひお出かけ頂きたい。

http://alpha.cside.com/schedule/schedule_index.htm

Ensemble Contemporary α
「舞曲・舞曲・舞曲」

日時:2013年3月26日(火)19:00開演(18:30開場)
場所:文京シビックホール・小ホール
丸ノ内線南北線 後楽園駅
三田線大江戸線 春日駅 →駅からホールまで直結

チケット:3,000円(一般券・全席自由)
     2,000円(学生券・全席自由) 

プログラム

清瀬 保二:郷土舞踊(1933) pf. solo
Yasuji Kiyose / Folk Dances(1933)

■松平 頼則:序(1988) fl. cl. perc. hp. pf.
Yoritsune Matsudaira / Jo(1988)

■松平 頼則:破(1986) fl. cl. perc. hp. pf.
Yoritsune Matsudaira / Ha(1986)

■近藤 譲:ウィンゼン・ダンス・ステップ(1995) fl. guit. vib.
Jo Kondo / Winsen Dance Step(1995)

■山本 裕之:東京舞曲[室内楽版]
      (2013 世界初演) picc. b-cl. trp, vlc.pf.
Hiroyuki Yamamoto / Tokyo Dance

  • version for chamber ensemble(2010/13 WP)

■斉木 由美:新作(2013 世界初演)fl. cl. vlc.
Yumi Saiki / new work (2013 WP)

■金子 仁美:新作(2013 世界初演)ob. fg.
Hitomi Kaneko / new work(2013 WP)